硬筆の段
肩身の狭い日々の中で、最近ペン字練習を続けている。
一応これでも毛筆は有段だが、硬筆は「子供のような字」しか書けずにいる。
気合いと時間を掛けて書いた文字はそれなりに綺麗だと思っているのだが、授業のノートや仕事のメモはとてもじゃないが他人には見せられない。
だからペン字の本を買うのだが、数ページ練習しては、すぐ飽きて…を繰り返してしまうのだった。
しかしながら今、後ろめたいこの身この時。
白かった練習帳を、ブルーブラックのインクで染める努力を再び始めた。
そしてまだまだ道半ばだが、気付いた事がある。
毛筆は、筆先と墨汁と紙の相性を感じながら一画ずつゆっくり書く…「お習字の時間」の要領で書けるのだけれど。
硬筆は、「日常の動作」の一つなので、ゆっくり書く事ができない…どうしても走り書きになってしまうのだ。
「チンタラ書いてちゃ聞き逃すじゃないか!」というある種脅迫観念のようなもので、非常に気持ちが悪くなってくる。
…コレ、矯正するの大変だぞ…気付くの遅過ぎだわい…。
更に厄介なのが、流派によって字の書き方が異なるという点。
楷書の文字を覚えるのは明朝体や教科書体だし、私もそれなりに下地を持っているけれど、流派によって止め跳ね払いのアレンジやバランスが全く異なり「えええええ?」と戸惑ってしまう。
「いや確かに見た目はそっちの方が流行りの美文字かもしれんが、でもそれ義務教育で習得して来た筆順と真逆なんだけど…」と首を傾げる場面が非常に多い。
あぁ、基本が大好きな人間としては、たとえ硬筆でも楷書でそのアレンジは受け入れられないわぁ…。
毛筆の方が、気が楽、だな。
自分の書いたブルーブラックの文字と、黒くプリントされた手本の文字を見比べて、溜息をつく…という習慣がついた気がする。
「走り書きでも読める文字」になるまで、持つだろうか…。